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2012.11.12

Charライブ。大井町きゅりあん大ホール。(ほぼ個人的な思い出話)

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先日、幼なじみの聖子ちゃんと、Charさんのコンサートに行った。

会場はCharさんの地元、大井町きゅりあん大ホール。戸越銀座に生まれ、今も住んでいるCharさんにとって、故郷に錦を飾るコンサート。場内はおじさん、おばさんどころか、おじいさん、おばあさんまで大集結。近所のチャー坊を見に来た感じ。品川トーク多めで和やかな雰囲気のライブだった。

Charさんてギターの神様のイメージばかり強いかと思うけど、実は常に冗談ばっかり言ってる面白い人でもある。私がCharさんのファンになったきっかけは、小学校5年生のときに聞き始めた、「電撃わいどウルトラ放送局」というラジオ番組。現在のラジオ日本が、ラジオ関東といった時代のDJ番組だ。

かなり自由な感じの番組で、私は小学生ながらこれに夢中になり、毎日深夜12時まで貪り聴く熱心なリスナーになった。そして毎日小学校を遅刻するに至る。

レギュラーにユーミンや世良さんやミカバンドの今井裕なんかが名を連ねる中、特に一番楽しみだったのが、Charさんの曜日だった。こんなに面白くて、こんなにギターが上手で、こんなに素敵な洋楽のロックを教えてくれるお兄さんはこの世にこの人しかいないと思った。

一緒にライブに行った聖子ちゃんは、その頃からの友だちで、「おかげで他の友だちと話が合わない小学生生活になってしまった!」と笑っていた。

中学、高校と私は女の子バンドをやっていて、ドラム担当だった。何を演奏したいって、もちろんCharさんの曲。

しかしそりゃかなりムリがある。国内最高レベルのバカテクトリオ、ジョニールイス&チャー(のちのピンククラウド)の曲なんて一小節もまともに演奏できないよ。でもどうしてもやりたかったから、メンバーに「私の楽しみだから、ライブではできなくてもいいからときどき練習させて」と言ってスタジオでだけ演奏していた。(ライブでは、かわいこぶってゼルダの曲とかやっていた。)

だってもう、譜面を見た時点で絶望ですよ。ジョニー吉長のドラムアレンジは今聴いても超絶的なバランスで、こんなのできる中学生いない。自分でやりたいって言ってやってるのに、いつもうまくできなくて不機嫌になる厄介なドラマーの私であった。

高校はCharさんの後輩になりたくて大崎高校を志望していたけど、中学の担任に偏差値が足りないと言われて制止され、別の都立に行った。私は薬師丸ひろ子の後輩になった。バンドの何人かのメンバーはちゃっかり大崎高校に入学していて、悔しさに暮れた。

聖子ちゃんと見に行ったせいもあるけど、きゅりあんでライブを見ているあいだ、そんな昔のことをずっと思い出していた。そして何より、今年6月に死んだジョニーのことを強く思わずにはいられなかった。

Charさんの数多の曲の中でも、ジョニーが叩いていた曲は非常に独自のグルーヴがある。全く別人であるはずの古田たかしさんが叩いているのに、ジョニーの濃密な存在感が2階席のてっぺんに座ってる私にも届いた。ジョニーのあの独特なピッチ感と、ありえないぐらい細かくてさりげなくて複雑なアレンジを、コピー以上のものにして演奏していた。古田さんのテクニックと感性すごいなと思った。

去年の12月にリキッドルームで見たライブでは、ジョニールイス&チャーの曲を聴いてもただただ嬉しくて幸せで痺れるばかりだった。でも今回のライブでは、ジョニーの叩いていた曲が始まると、私は呆然と立ち尽くしてしまい、何もできず、しばし心を奪われた。

もしジョニーが生きていたとしたって、今回のツアーには参加しなかっただろう。ただ私の知らないところでジョニーはもう死んでいて、もうCharさんや加部さんとプレイすることはないんだ。っていうそれだけのことで、ずいぶんと心に打撃を負った。

別に会うことなんかなくたって、生きていてくれるだけでも感謝したい存在があるということに、深く気づかされた。忌野くんだってもういないんだ。まだ信じてないけどね。

当然のことながら、Charさんはジョニーのこと切なげに語ったりはせず、いつものように冗談ばっかり言っていた。でも私なんかと比べものにならないぐらいずっとずっと強く、ジョニーの不在のことは心に中にあったことだろう。それは演奏の中でどうしたって伝わる。

MCの中で、Charさんのお母さんがもう亡くなっていることも知った。いつ亡くなったんだろう。小学生のとき聴いていたラジオでも、しょっちゅう話題に出ていたお母さん。戸越銀座の開業医で、Charさんの自慢のお母さん。昔見た雑誌に母息子ツーショットの写真があった。ニコニコした普通のお母さんで、本当に仲がいいんだなと思った。

時代が変わると街が変わるように、気づかないところで、気づかないうちに誰かが死んでいて、誰かが歳を重ねてる。そしてもうすぐ私も、ちょっと前までは小学生だったことが嘘のような年齢の誕生日。

私が今まで生きたのと同じ歳月を経た品川の街は、どんな景色に変わっているのかな。どんな人が、そこに生きているんだろう。私は天国でCharさんのコンサートをときどき楽しみながら、たまには品川の街を覗きに来てみたい。

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