お待ちかね! さんなみの夕食です。18時半ぐらいに、ご主人が「食事できましたよー」と部屋まで来て声をかけてくれた。
客室が3室あって、囲炉裏も3つ用意されている。私たちは真ん中の囲炉裏に案内された。囲炉裏は床の間に座って食事するのにちょうどいい高さになっていて疲れない。一人分の領地が大きくて、次から次に運ばれてくるお料理も全部並べられる。
この食堂のスペース自体、ものすごく広くて、何かイベントでもできそうなぐらい余裕がある。壁際にある本棚に、料理の本がズラリと並んでいた。ご主人は、「郷土料理研究家」の肩書きを持つ人なのだ。出された食べ物について私たちが質問をすると、さんなみの料理が掲載された、郷土料理の研究書を親切に見せて説明してくださった。
着席した時点で、もうこれだけの料理が並んでいる。
赤い焼き魚は、はちめ(めばる)。魚の隣にあるごはんの串焼きみたいなのは、かいべ。ごはんにいしりとイカを混ぜて串にくっつけて焼いている。もう既によく焼かれていて、囲炉裏の炭で保温されている状態。だからゆっくり食べても大丈夫。
このあと、ものすごい勢いで料理が運ばれてくる。目移りするとはこのことか。どれもが目を奪われるほど魅力的。食べ物として存在感、箔が違う。どれ一つおざなりなものはなく、どの料理も「これ一品でごはん三杯食べられる」と思うほど美味。
かといって、いわゆる田舎料理といってイメージするような、濃すぎる味つけではない。むしろ、味つけは控えめなぐらい。その中にどうにも想定の範囲を超える旨さがムギューッと凝縮されている。
世に言う「グルメ」とは別次元のものの存在に気づかされた思いがした。今日、この日に私がここへ来て夕飯を食べるために、何年も前から丹精込めて準備をしていてくれたのだという思いが心に迫ってくる。
それは、二年物、三年物の発酵食品や調味料が多用されているからというのも大いにある。けれどそれ以上に、この土地を選び、人と間を大切に育て、自分たちがすべてを懸けて生きる場所に、迎え入れてもらった喜びの意味合いが強い。
さんなみは、旅館ではなくて民宿。郷土を愛するご夫婦の営む、一日三組だけの民宿にしかできないことを、見事な形で実現している。そんなさんなみのご夫婦はとても幸せな人たちであり、そこへ泊まる機会を得た客人たちもまた、選ばれた幸福な人たちなのだと思う。
この日の料理は、日本に生まれたことの喜びを私に思い出させてくれた。昔、子どもの頃に食べていた味を思い出す料理もあったし、初めての味なのにたましいの根底に響く、深い感動を味わったりもした。日本人のDNAを鷲掴みにする味だ。
そしてもう一つ気がついたのは、さんなみの食事が体を整える作用の強力さ。たった一泊、夕飯と朝食を食べただけなのに、体が芯からリセットされて、背筋が伸びるような思いを体感的に味わった。明らかに自分の体の感覚がいつもと違った。ここでしばらく毎日食事をしていたら、身も心も療養されて、健康に生まれ変われるだろうなあ。
意外だったのは、野菜がてんこ盛りの料理など一つもなかったこと。生野菜サラダが洗面器いっぱいぐらい出てきたらギブアップだ!と勝手に心配していたのだけど、野菜は料理に必要な量だけバランス良く添えられている程度だった。そうかー、野菜は旬のものを美味しいと思える量だけ食べればいいのかもしれないな。これには同行の稲村さんも感心していた。
今回は9月末に行ったので、今度はまた季節を変えて、さんなみの美味しいものを食べに行きたい。絶対に行きたい。奥さんに聞いたら、冬には蟹もあってお薦めなのだそうだ。うわー、すごそう!
お刺身は、牡丹海老、サザエ、かんぱち。さっすが日本海で獲れたての刺身は違う。
牡丹海老の卵の清らかさと甘さ。頭の味噌を吸ったときの苦みのない旨み。ぽってりと太った海老の身のコクのある味。
サザエって、正直言って今まで私はあんまり美味しいと思ったことなかったのだけど、これは本当に美味しかった。汚れのない美しい海からプカッと顔を出した瞬間を捉えたような清冽な貝の味。
かんぱちも、身の引き締まった端正な味わい。おろしたての本わさびをちょこっとつけて醤油で食べる。
刺身の横のグラスは、奥さん手作りの花梨酒。普段は絶対お酒を飲まない私なのだけど、なんだかとても美味しそうで気になるから飲んでしまった。ヒエー! うまい! 全くアルコール臭さやいやな刺激がなくて、ジュースみたいに飲めてしまった。やばい。私ってお酒飲めるんじゃん。稲村さんに、「ワジョリン、顔真っ赤だよ」と言われた。
ごま豆腐。餅菓子のようにムッチリもちもちしていて、それはそれは美味。味つけは控えめなれど、「どうしてこんなに美味しいの?」と思うほど味覚中枢をノックする。
甘エビと大根を辛味噌であえたもの。甘みと辛みの加減が、濃すぎになる寸前のバランスでうまくまとまっている。こんな新鮮な甘エビを、これほどしっかり味つけするのは東京では贅沢すぎて御法度に近い。
もずく。太くて粘度の強いもずくが、ぼってりまとまっている。体に良さそうなネバネバ。別皿の酢醤油を好みでつけて食べる。海草の臭みがなく、まるで野菜のよう。新鮮なもずくってこんな味なんだと発見。
かんぱちの漬け。醤油と生姜で軽く漬けてある。生姜の辛みがピリッと効いていて、旨いことこの上ない。こんなに生姜をたくさん入れたほうが美味しいなんて、これまた新発見。
挽肉で芝栗を包んで蕎麦で衣をつけて揚げたもの。お肉が出てくると思わなかった。嬉しい誤算。栗が甘すぎず堅すぎず、ホックホクで芋のよう。お肉と衣とのバランスが完璧で、懐石料理のように計算が整った美味。こういうタイプのお料理も出るんですね。懐が大きい。
のどくろの刺身が届いた。あっ、刺身はさっきのだけで終わりじゃなかったんだ。めちゃくちゃ脂の乗りがいい。奥さんに、さんなみ特製の「ゆうなんば」をつけて食べることを勧められた。
ゆうなんばは、有機栽培の柚子の皮のごく薄い表面の部分だけを擦りおろし、唐辛子と合わせたもの。柚子の皮の白いところが入ると味が違ってしまうので、柚子一個につき耳かき一杯分ぐらいしか取れないのだそうだ。
ほんの少し口に入れるだけで、爽やかな風味がパァーッと弾けて、喉、鼻、口、耳の穴にまで柚子の香りが広がる。目が覚めるような清々しい美味しさ。
ヒラメの刺身。まだ刺身が!! 大歓迎です!! ヒラメのような高級食材を、こんなにたくさん出してもらえるなんて。ヒラメにしては贅沢な厚切りですが、この厚さだからこその歯ごたえ、旨み、弾力、非常に楽しく味わえました。
いしりの貝焼き。「いしり」はさんなみ自慢の調味料。いわゆるニョクマムに似た魚醤。さんなみのいしりは、二年間寝かせた熟成仕込み。旨みが濃く、雑味なく、肉にも魚にも野菜にも良く合う。
いしりの貝焼きは、帆立貝を鍋に見立てて、だし汁で割ったいしりをベースに季節の野菜とイカを煮たもの。この日は、茄子、大根、えのき、ねぎ、にんじん、イカが入っていた。いしりがあまりにも美味しくて、ただ煮ただけなのに非常に味わい深い料理になっていた。残ったいしりを白米にタラッとかけて食べるだけでも絶品。
きのこの土瓶蒸し。5種類ぐらいのきのこと、銀杏が入っていた。見た目地味ですが、猛烈な旨さ。きのこ好きの私にとって、一生忘れられないぐらいのインパクトがあった。自家製の削り節(さばぶし、そうだぶし、かつぶし)と、こんぶだしを合わせて、きのこを加えているのだそうだ。出汁よりもきのこ自体の旨みが濃厚で、きのこきのこきのこな一品。最高。
ここに入っているきのこは、さんなみの近くで穫ってきたばかりのもの。少量しかないので、市場には出回らない珍しいきのこ。普通の人は見つけることさえできないかも。
手タレは稲村みーすけさん。
なにげなく出てきたおつけもの一つとっても、どこかで売ってたら全部買い占めたいと思うほど美味しい。塩が良いのでしょうか。昔ながらの古き良き日本の漬け物。きちんと塩気があり、きちんと酸味があり、変な甘さがない。
囲炉裏の魚に最後に手を着けた。「めばる」のことを、能登では「はちめ」と呼ぶそうだ。塩焼きの塩がとても美味しい。キリッとした塩辛さ。はちめは皮ごと大胆に食べると一層美味しく感じた。
かいべ。モチモチして美味しい。味つけは薄味になっていて、好みでいしりを足して食べる。私はお米の風味を味わいたかったので、このままの味で完食。
ひねずし。現代の寿司のルーツともいえる食品。酢は使わず、魚と米だけで発酵させている。独特の風味があり、苦手な人は苦手かもしれない。魚は鯵を使っている。ご主人が「好みがあるから、苦手だったら残しても全然構いませんからね」と何度も念を押してくれた。
おそるおそる口にすると、どっびょ〜〜〜ん!!! うまい〜〜〜!!! ストライイイイイク!!! チーズのようなコク。カドのない塩辛さ。発酵した米のフワッと溶けるような儚い旨み。すごいものを食べさせてもらってしまった。
ひねずしをほんのちょっとだけ白米に乗せて食べる。むはーーー!! 旨いに決まってる。しかもこの白米がまた素晴らしい。40年ぐらい前、台所にかまどのある親戚の家に泊まったとき、こういう白米を食べさせてもらったよね〜という味。
現代風の美味しい米と、昔ながらの美味しい米は別なんだなあと、ハッと気づかされた。そうだよ、昔はこういうごはんが一番美味しかった。もっちりしていて、柔らかくて、米粒どうしがムチムチッとくっついている。
今のお米って、一粒一粒がきっちり立っていて、少し硬めに炊きあがっていて、ごはん茶碗に米粒が残らないようなごはんが主流ですよね。そういうごはんも美味しいんだけど、ムチムチもっちもちの昔ながらのごはんの美味しさを忘れてはいけないなと思った。
ワタクシこの夜、ごはんを4杯いただきました(笑) この体格ですが、普段は一杯なんですよ。
デザートは梨が出ました〜。ああ、梨って大好き。果物の中で二番目に好き。一番は苺です。(誰も聞いてない)
ふ〜〜、おなかいっぱい! 「そりゃそうだよ、ごはんだけで4杯も食べてるんだから」と稲村さんにつっこまれた。仰せの通りでごじゃいます。そう言う稲村さんも、三杯も食べていたではあ〜りませんか! ウフフ。
こんなに美味しいものをいっぱい食べられるなんて、本当に驚いた。明日の朝食が楽しみ♪ 部屋に戻ってすぐに「朝食が楽しみ」という話で盛り上がる二人でした。
(つづく)
能登半島 郷土料理の宿 さんなみ (郷土料理(その他) / 能登町その他)
★★★★★ 5.0